エイブリックの電源IC、そのイノベーションの歴史とこれから

TechanaLye2021-02-03
株式会社テカナリエ

エイブリック株式会社は、株式会社第二精工舎(現セイコーインスツル株式会社)の半導体事業部門が独立して生まれたアナログICメーカーだ。 時計用CMOS ICの開発からスタートしたこの会社が、いかにして、電源ICの分野においても世界トップクラスの高精度、高信頼性、低消費電流を実現するまでになったのか。そして今後、どのような挑戦を続けていくのか。 今回は、その創世記からエイブリックの電源IC開発に携わり、現在、チーフスペシャリストとして開発を指揮する須藤稔氏に、エイブリックの電源ICの誕生から現在までのあゆみを伺った。

 

図1 総勢2名からの快進撃
図1 総勢2名からの快進撃

1980年代、電源ICといえば、バイポーラICが主役。CMOS電源ICには、製造ばらつきが大きく出力電流が取れない、過渡応答特性が悪いといった課題がありました。しかし、世間では、ウォークマンのような電池駆動のポータブル機器の開発が進み、省エネに対する意識も高まりつつあった時代です。幸い半導体技術の進歩により、出力電流をそれほど必要としない用途も生まれ、一方で、電源ICに対する低消費電流化の要求はさらに強くなりました。低電圧・低消費の時計用CMOS ICをDNAに持つエイブリック(当時はセイコー電子工業株式会社)としては、ぜひともバイポーラより低消費なCMOS電源ICを世に広めたい。しかし1987年当時の電源ICチームは、時計事業部から異動してきた上司と新人の自分だけ。総勢2名での挑戦が始まりました。今では、エイブリックの電源ICは、売上の半分以上を占める屋台骨の事業です。ここまで成長した理由としては、3つのイノベーション技術の存在がありました。

 

図2 エイブリックの電源ICを支えるイノベーション① レーザートリミングで電圧精度を改善
図2 エイブリックの電源ICを支えるイノベーション① レーザートリミングで電圧精度を改善

*レーザートリミング・・・ICのパターンの一部を、レーザーで切断することで性能を調整する技術

CMOS ICには、バイポーラICと比べて製造ばらつき(しきい値電圧のばらつき)が大きいため、電源ICの出力電圧や検出電圧の高精度化が難しいという問題がありました。これを解決するために、エイブリックが導入したのが、レーザートリミング装置です。加えて、半導体ウェハー上に抵抗素子の抵抗値を調整できるヒューズ素子を用意し、1つ1つのチップの特性に合わせて調整するレーザートリミング手法も考案。これにより、出力電圧や検出電圧の高精度化が可能になりました。余談ですが、このレーザートリミング技術を使うことで、複数の製品を1枚のウエハーで作製することも可能になりました。現在でも、この技術を使って出力電圧及び検出電圧精度±1.0%以下の高精度電源ICを提供しています。

 

図3 エイブリックの電源ICを支えるイノベーション② キメの細かい電源遮断で消費電流を低減
図3 エイブリックの電源ICを支えるイノベーション② キメの細かい電源遮断で消費電流を低減

CMOS ICには、もともとバイポーラICに比較して、低消費化しやすいというメリットがあります。しかし、負荷に接続される回路の消費電流が小さくなると、それを駆動するための電源ICの消費電流についても、さらなる低減化の要求が強くなりました。電源回路には、複数のアナログ回路ブロックが存在するため、動作状態に合わせて、必要な回路のみON(動作)させて、不要な回路をOFF(停止)させることで、電源ICの更なる低消費電流化を実現することができました。この技術は、現在も多くの電源ICに活かされています。

 

図4 エイブリックの電源ICを支えるイノベーション③ 過渡応答特性改善
図4 エイブリックの電源ICを支えるイノベーション③ 過渡応答特性改善

*電圧のオーバーシュート・・・電源投入時などに、電圧が定常値を超過する現象

CMOS ICは、バイポーラICと比べて過渡応答特性が悪く、特にボルテージ・レギュレータでは電源投入時に発生するオーバーシュート電圧によって、負荷に接続されているICにダメージを与えてしまうことが課題となっていました。そこでエイブリックでは、オーバーシュート発生を抑制するリニアレギュレータを開発。今では、車載用としても採用される高信頼のリニアレギュレータを提供しています。

 

図5 車載にも採用される高信頼回路技術
図5 車載にも採用される高信頼回路技術

車載用途に向けては、独特の高信頼性が要求されます。エイブリックでは、EEPROMの分野でいち早く車載対応の高信頼製品を提供し、顧客から高い評価を得ていました。電源ICにもその高信頼化技術を活かすことで、車載用製品の開発を速やかに進めることができました。車載用の電源ICといえば、バイポーラICが主流だった2009年に、当時の車載用リニアレギュレータICとしては画期的な4.0μAの低消費電流をCMOSで実現。現在は、スイッチング・レギュレータからリチウムイオン電池保護ICまで、様々な車載用電源ICのラインナップを用意しています。今後はこれらを更なる高信頼性を必要とする分野にも広げていきたいと考えています。

 

図6 商用リチウムイオン電池保護ICもエイブリックが開発
図6 商用リチウムイオン電池保護ICもエイブリックが開発

実は、最初に商品化されたリチウムイオン電池保護ICを開発したのもエイブリックです。1993年に発売された日本製デジタルビデオカメラに搭載されています。リチウムイオン二次電池を安全に利用するには、充放電をきちんとコントロールする必要がありますが、エイブリックは、このリチウムイオン電池保護ICの開発に世界で初めて成功。その後、携帯電話など様々な分野でリチウムイオン二次電池が使われるようになり、今では、エイブリックの売上の1/3を占める製品に成長しています。今後は更に安全でインテリジェントな電源保護ICを開発し続けていきます。

 

執筆:株式会社テカナリエ
“Technology” “analyze” “everything“を組み合わせた造語が会社名。年間300のエレクトロニクス製品分解、解析結果を基に、システム構造やトレンド解説、市場理解の推進を行っている。

 

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